九州 大分 うまいもの

大分のギャラリー富春館で工藤和彦の個展開催中です。
富春館では、敷地内にカフェがあります。
<昼の部>
「カフェ桃花流水
落ち着いた雰囲気のカフェです。
壁は土壁で、骨董の書画なども飾られています。
テーブルには、かつて帆足家が酒蔵をしていた時に使用した大きな樽の蓋を利用するなど、店内の装飾は趣向を凝らしています。

富春館のある戸次(へつぎ)は、昔からゴボウの産地として知られています。
カフェでは、そうした地元の素材をふんだんに活かした料理を提供しています。
素材の品質にこだわり、体に優しいだけでなく、工夫を重ねて驚きのメニューを開発しています。

人気の田舎弁当。
こだわりの地元素材がギュギュッと詰まっています。
手作りの和菓子がついているのも嬉しいです。

<夜の部>
大分にはおいしいものが沢山あります。
大分に行くと必ずいくお料理屋さんがあります。
「よしたけ」さんです。こちらが店主の吉武健二郎さんです。

お料理といい、お人柄といいお会いするのが楽しみです。
工藤和彦の黄粉引向付に「しめさば」
絶妙な酢加減、サバの鮮度といい、、、、唸りました。

大分の食材を確かな技術によって創作されたお料理が戴けます。
工藤和彦のうつわが登場するのも楽しめます。

「食楽 よしたけ」
大分市都町3-6-9 日経ビル1階
TEL 097-536-6388
OPEN 17:30〜24:00
月曜定休
 

九州 大分 いにしえの磨崖仏

大分 富春館ギャラリーでは、工藤和彦個展が開催中です。
北海道から九州まで来た機会に、一度行ってみたいところがありました。
個展会場の戸次(へつぎ)からバスで30分ほどの臼杵(うすき)にある磨崖仏(まがいぶつ)を拝観したかったのです。
午前中、あいにく都合のいいバスがなかったので、大分駅から臼杵駅まで電車で移動しました。
臼杵駅に到着すると石仏まで行くバスがしばらく無くて、、途方に暮れていると駅前の観光案内所を発見。
幸運にも無料で自転車を貸してくれるということでした。
石仏まで30分、田舎の路をこぐのも気持ちがいいと思ってかして頂きました。
駅前の商店街を通りかかると、、、老舗のお醤油屋さんがありました。

昔ながらの製法で保存料を加えていない、しぼったままのお醤油を買いました。
旅先で調味料をお土産にするのはいいものです。

大分とはいえ雪がチラチラ降ってくるほど寒い日で、おまけに向かい風。
自転車での移動は少々きつかったです。
標識が数多くあるので路に迷う事はありませんでした。
無事に臼杵の石仏に到着。

磨崖仏とは、岩肌に掘られた仏像で、移動ができないものをいいます。
臼杵の石仏は磨崖仏としては日本で初めて国宝に指定されました。現在では多くの人が訪れる観光名所となりましたが、1980年から14年に及ぶ補修作業がされる前は、地域の人たちだけが知っている密かに滅び行く仏像群にすぎなかったようです。
調査の結果、平安から鎌倉時代にかけて作られた事が分かっていますが、誰が作ったのかはよくわかっていないようです。
補修作業が進んで、かなりいい状態を保っているようですが、、、、

風雨にさらされたその風貌はまさに諸行無常を物語っており、神格化しています。
少しでも長く信仰の対象として次の世代まで大切に保護したいものです。

国宝に指定された阿弥陀如来様は、日焼けサロンのように、、、
苔止めの紫外線を浴びておられました。

大分の富春館最寄りの路線バスの戸次バス停から臼杵石仏バス停まで30分ほどです。
是非、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。


 

九州 大分 帆足家富春館へ

旭川空港から大分に向けて出発です。
突然の吹雪で出発が遅れました。

羽田に着くと、、、、大分便はすでに出発してしまって2時間待ち。
大分に到着したのは午後10時になりました。
翌朝、工藤和彦個展会場の富春館に伺いました。

会場の帆足家のお屋敷は長い歴史の営みを感じます。
現在はカフェやギャラリーとして活用されており、お庭を拝見する事も出来ます。
昔は、特別のお客様しか見る事が叶わなかったらしいです。

かけがえのない歴史の営みを大切にしながら、現代感覚をダイナミックにミックスした帆足家の活動は今後の日本文化を継承して行く上での一つの方法として注目されています。



会場には頼 山陽(らい さんよう)江戸時代後期の文人の書が何気なくかかっているのが驚きです。
田能村竹田(たのむら ちくでん)など、名だたる文人と帆足家は交流をしており、襖や屏風、掛け軸など、多くの作品をこの場所で残しました。現在は作品の多くが地元の市立美術館に寄贈されています。


お庭を眺められる広間は文人達が愛した空間です。
ここで作品の展示販売が出来るのはとっても光栄なことです。
ずらりと400点。圧巻です。

工藤和彦 個展 帆足家富春館
12月4日(木)〜12月21日(日)

大分県大分市中戸次4381番地
TEL 097-597-0002
10:00〜17:00 (定休日 月)



 

転落して足を骨折!

実は、、、、
7月初旬の夜中に工房の階段から転落して左足をボッキリ折ってしまいました。
弁慶の泣き所と言われている、、、まさにスネの骨(脛骨)です。
事故後におそるおそる足を見ると、明後日の方向に向いていたので、すぐに骨折とわかりました。
なんとか病院に向かうと、やはりそのまま入院です。
翌日には骨の中に金属の棒を入れてボルトで固定するという手術をして頂きました。
骨の中にある骨髄がある場所に棒を入れるというのですから驚きです。
手術後は足がパンパンに腫れました。
棒のように動かなくなってしまった足のリハビリや、松葉杖の特訓などで結局、2週間近くの入院となってしまいました。

7月には個展の予定がありましたが、ほとんど準備が出来ている状態でしたので不幸中の幸いでした。
それでも個展の会場にて在廊するには、松葉杖をついてお客様をお迎えしなければならずご心配をおかけする事になってしまい申し訳ありませんでした。
励ましのお言葉の数々に勇気づけられました。

それにしても手を怪我していなかったのは幸運でした。
陶芸家が手を怪我していたら大変です。
とは言うものの、左足が使えないのも困ります。
僕は蹴りろくろでは、主に左足を使っていました。
左回りの回転では左足で蹴り出すのが、最大のパワーとなります。
逆に右足では、引く動作となり左足ほどのパワーはありません。
左足を全く動かせなくなる事態は深刻です。

こういう時は無理をしないで、電動ろくろを使えばいいかと考えてろくろ成形をしましたが、、、
どうも気持ちが入りません。

右足を鍛えて「蹴りろくろで作りたい!」そう決心しました。
慣れない右足で作り始めましたが、回転不足で思うように出来ません。
しかし、1週間もするとなんとか回転が整ってきました。
日常生活でも全く左足が使えなかったので、右足の筋肉が異常に発達したのが良かったようです。
その証拠として、左足と右足の太さが違うのです。

一ヶ月もすると、右足で思うようにロクロが出来るようになりました。
左足に比べ、右足の方が安定した回転が得られるようで、以前に比べて成形後の形もいいように思います。
また、右足では振り上げた足を降ろす時に蹴りロクロに回転を加えるため、エネルギーの消費量が少なく左足に比べて疲れません。どんどこ作れちゃいます。
おかしい話で左足の時よりも生産量が増えてしまいました。
これは、まさに「怪我の功名」です。
結果的にアクシデントも幸運となりました。

現在、左足は順調に快復しています。
松葉杖をつきつつも、ロクロしたり、窯を作ったり、粘土を掘ったりと、、、
仕事をこなしたことがいいリハビリにもなったようです。

突然の骨折によって、多々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
励ましの言葉の数々に感謝いたします。

おかげさまで工藤和彦 完全復活となりました!




 

オホーツクのホタテを求めて紋別へ

黄粉引のうつわを焼く時に、しばしば下部を朱色にするのですが、それには貝殻を使っています。

どうして一緒に焼くと赤くなるのかは、よくわかりませんが奇麗な赤色が出てきます。

ホタテ貝は平たい形状なので、うつわを上に乗せ易いです。
でも、ホタテ貝をそんなにいっぱい集められないでしょ、、、と思うかもしれませんが、
ここは北海道!海に囲まれた島です!

ホタテ貝の手持ちがとうとう無くなってしまったので、久々にオホーツクの海に行ってきました!

旭川から大雪山を超えて、2時間30分でオホーツク海に到着!
紋別(もんべつ)という町です。ここには流氷もやって来るんですよ。その時期になると紋別港からはガリンコ号という流氷を砕きながら進む観光船が出航します。
海沿いを走ると、、、ホタテの加工工場を発見!
道端には生きたホタテがこんなにてんこ盛りです。
これぞ北海道の漁業の力!

ホタテの貝柱などを外した貝殻は、工場の敷地に一時的に山積みされ、その後処分されます。

ホタテの貝殻は廃棄物なのです。僕に取っては宝の山。
ということで、軽トラの荷台に一杯分頂きました。
協力くださった海商産業様ありがとうございました。

せっかく紋別まで行ったので、紋別港の目の前の「まるとみ」さんで海鮮丼を頂きました。

ホタテもエビも新鮮でプリップリ。
オホーツク最高!

ちなみにホタテ貝は真水に浸けて、よく洗ってから使います。
塩分がついていると、悪影響を及ぼします。念のため、、、
試してみようと思う方はお気をつけ下さい。

オホーツクのホタテを使って、北海道ならではの焼き物を目指します!!

楽焼きワークショップ

東川町の北の住まい設計社の夏至祭で楽焼きのワークショップをしました。
窯は即席のドラム缶窯です。
軽トラックの荷台に積んで、移動して、設置。

灯油バーナーに点火して一気に900度まで温度は上昇。
快調!すこぶる快調!用意が出来ました。

絵の具は楽焼き用に調合した釉薬(鉛白、フリット、珪石、カオリン)に顔料を加えて、11種類の絵の具を作りました。
(※釉薬に鉛白が入っているので、飲食用には使えません。)
ワークショップ開始と共に、早速、子供達がチャレンジです。

素焼きのキャンドルホルダーに筆で色を塗ります。
水分を吸い込むのが早いので、さっと描かなくてはなりません。
窯の上で、よく乾かしてから、一気に窯の中に入れます。
5分後、窯を開けると真っ赤になっています。

窯から引き出して、一気に水の中に浸けると、
ジューーーーーという音と湯気がでます。
これぞ、楽焼きの醍醐味。
子供達も大喜びです。
焼き物は「焼かれて出来る」と言うことが、しっかり伝わったことでしょう。

火傷することもなく、無事終了。
ワークショップは大成功でした。







 

ドラム缶灯油窯を作る

ワークショップで楽焼きをするために、窯を作ることにしました。
移動して設置しやすいように、大人2人の力で持ち上がるものが目標です。

まず、近くの草原に捨ててあったドラム缶を拾う。
だいぶ錆びているけど、気にしない。
グラインダーでちょうどいい高さに切断。

解体した窯から取り出したイソライトレンガをノコギリで切断して円形に積む。
軽量化されたレンガなので、サクサク切れます。
何でも捨てずに大切に取っておくと、何かと使えるものです。

レンガに耐火モルタルを塗って、ドラム缶の中に一段一段積んで行きます。
焼成中の作品を取り出せるように、モルタルが乾いたら四角の窓を開けようと考えています。

蓋には割れた棚板を並べます。
バーナーは使用している灯油窯のバーナーを一時的に取り外して使う予定です。
気になる重量は、、、、2人で持ち上がるほどの軽量化に成功。
焼成するのが楽しみです。

楽焼きワークショップ→こちら

東日本大震災の傷跡

3年前の3月11日に発生した東日本大震災によって、想像を遥かに超える被害が東北にもたらされました。
その惨状は凄まじく、3年経った今でも大きな傷跡を残したままです。
僕は東日本大震災を直に経験をしていませんが、仙台に来る度に思い知らされます。

しばしば個展に来てくださる方が当時の事をお話しくださいます。
「大事にしていたうつわが全部割れてしまったの、、、」と肩を落とされます。
長年、大切に愛用していたものを失う事は非常につらい事を察します。
言葉のかけようもありません。

ただ、うつわへの想いは消える事がないようで、一つ一つ丁寧にご覧になってくださいます。
「うつわを見ているだけで心が休まるのよ」とポツリと言われた方がいました。
「うつわ」の力は凄いものだと、気がつかされます。
そうした「うつわ」の生まれる手助けを仕事としていることを嬉しく思いました。

震災後に仙台市内で開催された「わののわ」というイベントに参加した時に、知り合いになった石巻の陶芸家山本雅子さんを昨年、訪ねました。そして、山本さんに石巻をご案内頂きました。

目に映る石巻の光景、その惨状には言葉を失いました。
新聞やテレビ、インターネットで見てはいましたが、実際にその場に立って五感で感じるものとは遥かに違います。
2年経って、当時からするとだいぶ片付けられているようですが、まだまだその傷跡は至る所に残っていました。



日和山公園から海沿いの石巻を見渡すと、ほとんどの建物が津波の被害で壊されたことが分かります。



石巻市立門脇小学校。日和山公園の下に位置していて津波の衝撃をもろに受けた建造物です。
「多くの車がこの建物にぶつかって、燃料に引火しての火災がひどかった」と山本さんは言っておられました。
海抜の高さによって、被害の度合いが克明です。
川沿いでは一階部分がすっぽりなくなっている建物を多く見かけました。

東日本大震災を今一度思い起こすためにも、是非一度は被災地を訪ねられることをお勧めしたいと思います。

亡くなられた方には心よりご冥福をお祈り申し上げます。
震災によって不自由な暮らしとなってしまっている方々には、一刻も早く生活が改善されるように願います。

3年目、これから春を迎える東北で工藤和彦の個展を再び開催してくださった関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
今後とも陶芸に精進し、たくさんのうつわをご披露できたらと思っています。

 

謹賀新年 2014年

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

ご多幸をお祈り申し上げます

Happy New Year to you!
I wish this year will be the happiest and best for you.




工藤和彦
Kazuhiko Kudo

初めてのお客様(フランス/リヨン5)

会場には多くの陶器好きの人達で、にぎわい始めました。

歩きながら展示台に並べた僕のうつわを見つめる方もチラホラ。
だいたい陶器好きは、まずお目当ての陶芸家の元に行くか、
とりあえず一周回って、購入しようと思うものに目星を付けるもので、
なかなか、すぐには売れないものなのだと経験から分かっていますが、、、
何とも見つめられるだけでドキドキする。
はたして、僕のものを買ってくれる人はいるのだろうか。
こんな緊張感は久しぶり。

足を止めてじっくり吟味している方が何人か現れる。
そして、、ついに!うつわを持ち上げてこれを欲しいという動作を確認。
おお!開始早々、海外初のお客様!

記念に撮影させて頂きました。
この方を僕は忘れる事はないでしょう。
嬉しかった〜。ありがとうございます。

そして、その後間もなく、またまた嬉しい事がありました。
このイベントに出展している陶芸家の方が、
突然「コンニチワ」と日本語で声をかけてくれたのです。

その方はパスカルさんというフランス人で、フランスのナントで志野焼をされている陶芸家でした。
パスカルさんは日本の焼き物が大好きで、何回も来日しているそうです。
当然、日本の陶器のことを熟知されていました。
特に桃山時代の志野焼を再現した荒川豊蔵先生を尊敬しているようです。

パスカルさんは、日本から陶芸家がこのイベントに出展するという事を知って、興味を持っていたようです。
そして、僕のうつわをじっくり吟味し始めました。陶芸家ほど、陶芸に詳しい人はいません。パスカルさんはどういうふうに僕のうつわを見るのかと、こちらも逆に興味があります。

すると、パスカルさんが「気に入った」と言いだして、いくつも買って下さいました。
陶芸家に購入してもらうほど、確かな手応えはありません。

このパスカルさんは、とっても気さくな方で「陶芸家は全世界ブラザーなんだ」と言って、ご自分の陶芸家仲間達に僕を連れ回して紹介してくれました。そして、早速、購入したうつわを披露し始めました。
長く陶芸をしていると、作品を見れば、その人の技量と人柄が何となく分かるもので、そういう点では僕のうつわは陶芸家仲間に紹介出来る合格点はとれていたのかもしれません。

そして、みんなでワインで乾杯!思いもかけない展開。

言葉が通じなくても、同じ志で通じている。
今まで陶芸をしていて良かったと思った瞬間でした。